本日は先代井上俊一郎の誕生日、また夜には忘年会があります。
朝は少し曇り空があり冷え込んでましたがクリニックに到着する頃には晴れ間が見え気分爽快になりました。
もくじ
県病院脳神経内科の忘年会
毎年同じお店です。お店の名前は非公開です。
一見さん御断りのお店。
予約がなければお店を休むというお店。
味もおもてなしも最高です。
で、料金がやたら高いわけではありません。
リーゾナブル。
→とのことですが、いま忘年会終わりましたが、少し酔ってます。
どうやら店長はバラしていただきたいようで(^^)
はい、その秘密の店は知る人ぞ知る恵比須軒です!
毎年、集まる訳ですが、(続きは会が終わって)→はい、会が終わり千鳥脚で帰宅しました。
昔の仲間そして脳神経内科のローテーション中の橋本先生、岩野先生と飲みました!
楽しかったです。岩野先生は医師にはもったいないくらい身長の持主でした(191cm)!!
皆さんやはりよく勉強している。
そして患者さん思い。
嬉しくなりました。
今宵は広島、初雪でしょうか。寒い中、傘のかかる満月を観ながら歩いて帰りました。
明日からクリニックのBGMはD1 季節のミュージックに変わります。」
クリスマスソングが当院でも流れます。
本日は 父 生誕88周年記念日です。
父 井上俊一郎(いのうえしゅんいちろう)について
昭和4年生まれ 生まれは下関ですが 生後10日で韓国の郡山(くんさん)に転居してます。
野原で遊びまくる幼少時だったと聞いてますが、小学校?の時の担任の竹本?先生に学問をすすめられ、人が変わったように、ミカン箱を机にして勉強をしてたとか。それ以来、クラスではずっと主席。
郡山中学に進み、終戦をむかえ日本本土に引き上げたようです。
その後は、、、、、また機会あれば書きます。
で、当院の母体となる井上内科胃腸科医院を昭和45年に広島市中区舟入川口町にて開業しました。
父の言葉
健は生き抜く決意で生きていかないといけない。
子供がいて妻がいるのだ。
病気や事故で死ぬなんか思わず、責任をもって生きていけ!
郡山について
遠い昔は、市街地は百済の馬西良県、東部は屎山郡で統一新羅時代757年に沃溝県・臨陂郡と改称。漁村だったそうです。
1899年に開港してから、湖南平野の米の積出港として急速に発展しました。
1906年に沃溝府に昇格し1910年の韓国併合直後に群山府に改称。
独立後の1949年群山市と改称。
市名の起源は李氏朝鮮時代の群山浦に由来しているそうです。