いのうえ内科脳神経クリニックの井上です。
前回は、認知症の患者さんと宗教との関わりについて、医療者としてどのように向き合うべきかという視点からお話ししました。
今回は少し視点を変えて、祈りと脳の関係について考えてみたいと思います。
祈りという行為は、宗教的な営みとして古くから人間の生活の中に存在してきました。キリスト教の祈り、仏教の念仏や読経、神道の祈願など、形は異なっても、人が祈るという行為は世界中の文化に見られます。
一見すると、祈りは医学や神経科学とはあまり関係のないことのように思えるかもしれません。しかし近年の研究では、祈りや瞑想のような精神的な活動が脳の働きや心の安定に影響を与える可能性があることが少しずつ分かってきています。
そこで今回は
「祈りは脳にどのような影響を与えるか
― 神経科学から見た『祈り』と心の安定 ―」
というテーマで、神経内科医の視点から少し整理してみたいと思います。
医学と信仰は別の領域のように見えますが、人の心を理解するという点では、互いに重なり合う部分もあるのかもしれません。
もくじ
祈りは人類に普遍的な行為
世界のほぼすべての文化で、人は祈ります。
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キリスト教では祈り
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仏教では念仏や読経
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イスラム教では礼拝
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神道では祝詞
形は違っても、
人は古代から祈ってきました。
医学や神経科学の研究が進むにつれて、
祈りが単なる宗教行為だけではなく
脳や身体に影響を与える可能性
が分かってきています。
祈りで活動する脳の領域
祈っているとき、脳のいくつかの領域が活動することが
脳画像研究(fMRIなど)で分かっています。
主に関係するのは次の領域です。
前頭葉
前頭葉は
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思考
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判断
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意志
を司る部分です。
祈りのときには
前頭葉の活動が増える
ことが知られています。
これは
自己反省や道徳的思考
が関係していると考えられています。
前帯状皮質
前帯状皮質は
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感情の調整
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共感
-
集中
に関わります。
祈りや瞑想のときに
この領域の活動が増えることが報告されています。
その結果
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心が落ち着く
-
注意が集中する
と考えられています。
辺縁系
辺縁系は
感情の中枢
です。
祈りのときには
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安心感
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平安
-
感謝
などの感情が生じます。
これは辺縁系の活動と関係しています。
祈りとストレス
祈りはストレスにも影響を与える可能性があります。
研究では
祈りや瞑想を行う人では
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ストレスホルモン(コルチゾール)の低下
-
不安の減少
-
心拍数の低下
などが報告されています。
つまり祈りは
自律神経を整える働き
があると考えられています。
祈りと脳の可塑性
近年の研究では
瞑想や祈りを長く続けている人では
脳の構造が変化する可能性も指摘されています。
特に
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前頭葉
-
海馬
の活動や構造が変わる可能性があります。
これは
脳の可塑性(neuroplasticity)
と呼ばれる現象です。
つまり
習慣的な祈りは脳を変える可能性
があるのです。
祈りと認知症
認知症の患者さんでも
祈りは大きな意味を持つことがあります。
なぜなら
認知症でも
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音楽
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感情
-
信仰
は残りやすいからです。
例えば
認知症の患者さんが
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賛美歌を歌う
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念仏を唱える
-
仏壇に手を合わせる
と落ち着くことがあります。
これは
感情記憶
が保たれているためと考えられています。
祈りは医学的治療の代わりではない
ここで誤解してはいけないことがあります。
祈りは
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医学的治療
-
薬
の代わりではありません。
しかし
祈りは
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心の安定
-
不安の軽減
-
希望
を与えることがあります。
その意味で
祈りは
心のケア
として重要な役割を持つことがあります。
医療者としての視点
医療者は
宗教を
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否定する必要も
-
強制する必要も
ありません。
大切なのは
患者さんの信仰を尊重すること
です。
特に認知症では
信仰や祈りが
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安心感
-
心の支え
になることがあります。
最後に
祈りが脳に与える影響について
科学は少しずつ理解を進めています。
しかし
祈りの意味は
単なる脳の働きだけでは説明できない部分もあります。
人が祈るとき
そこには
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希望
-
感謝
-
愛
が含まれています。
医学は身体を治す学問ですが
同時に
人の心に寄り添う学問
でもあります。
祈りを理解することは
患者さんの心を理解することでもあるのかもしれません。



