もくじ

解剖学・生理学にも精通した芸術家のレオナルド・ダ・ヴィンチの自画像です。

勝沼精蔵(かつぬませいぞう)という名医が昔いました。

東京帝国大学医学部のご出身で内科医です。

名古屋大学の教授をされており、専門は脳神経内科、血液内科とのことです。

武田信玄のゆかりのある甲府は勝沼がご先祖の出身地で、武田信玄の末裔にあたるときいております。

当時、四年に一度開催される日本医学会総会は大阪と東京のみで開かれてました。

その医学会総会が名古屋で初めて開かれたのは、名古屋に勝沼教授がいらっしゃるからでした。

勝沼教授は、神経診察のハンマーを作り勝沼式ハンマーと名付けております。

また、英語のElectroencephalogram を意訳し、脳波という言葉を作りました。

勝沼教授の残した、名言です。

潜在能力は行動によって現れる

行動があって初めて能力が発揮されるといわれました。考えるのみでなく、行動にうつすことの重要性を訴えてます。

三回起こることは、真実である可能性が高い

医学研究では、ある現象を発見したときに、同様の現象が別の手法で証明され、さらに別の方法で証明されたらその現象は真実である。

一人の患者さんでみた症状で、これはみたことがないと思ったとき、同様の患者さんを後二人みたら、その症状は教科書に載る。

このようなことをおっしゃられていたようです。

われわれは症例報告をします。

われわれ一人が一生のなかでみれる患者さんの数は限られてます。

でも、症例報告をするとたくさんのお医者さんがその報告をみます。

自分も似たような経験をした場合、同じような報告をします。

同様な報告をまとめて多数の患者さんで報告します。

この段階では、その症状がほほゆらぎのないものになります。

研究内容によっては、いろいろな論文の結果をまとめて解析します。

これをメタアナリシスといいます。

メタアナリシスで証明された内容は、その時点の医学では、最も信頼できるものと考えられます。

私の経験です。発熱後に1週間以上あいだを空けて手のふるえが出現した三人の患者さんがいました。

この三人の患者さんは、今期みた患者さんです。

インフルエンザでは高熱があり、高熱時には、悪寒戦慄(おかんせんりつ)といって体がふるえることはよくあります。

しかし、この患者さんたちは発熱もインフルエンザも治っていたのに、両手がふるえはじめました。

脳神経内科の常識では、ウイルス感染は二度症状が起こるということです。

まず、最初にウイルス感染に対してわれわれの体が免疫反応をおこす。

1週間から2週間して、遅れて免疫反応を起こします。

女優の大原麗子さんが罹患したギランバレー症候群などはこの例です。

最初に風邪症状、ウイルスなどに対して作られた免疫物質が、神経を攻撃し、1週間以降に、手足の力がなくなる。

これがギランバレー症候群です。

インフルエンザ心筋症、脳症なども似たような機序で起こります。

さて小休止

免疫という専門用語がでてきたり、話が難しくなりました。

私の経験をお話しして、理解していただければと思います。

以前、県立広島病院で働いていたころ。

手のふるえと歩きにくさが同時にでてきた患者さんをみたことがあります。

その患者さんは、橋本脳症でした。

ステロイドホルモンを点滴し、二日後には症状はなくなりました。

【参考文献】Inoue K, Kitamura J, Yoneda M, Imamura E, Tokinobu H. Hashimoto’s encephalopathy presenting with micrographia as a typical feature of parkinsonism. Neurol Sci. 2012;33:395-7.
(パーキンソン病様症状を呈した患者さんを橋本脳症と診断し完治させた報告です)

橋本脳症とは

甲状腺といって、喉にあるホルモンを分泌するものがあります。

われわれの生態維持のホルモンで、なくなると甲状腺機能低下症になります。

甲状腺機能低下になると、体温が下がり、倦怠感、むくみ、脱力などがおこります。

われわれの体には免疫があります。

ウイルスや、ばい菌、寄生虫が体に侵入してきたときにそれらを攻撃する能力が免疫力です。

ウイルスなどの一部の形に合わせて、免疫グロブリンというものを、われわれの体は作ります。

鍵と鍵穴のようなもので、その免疫グロブリンはウイルスなどの標的物以外は通常は攻撃しません。

しかに、稀にその免疫グロブリンという鍵は、われわれの体にある似たような鍵穴を攻撃します。

これが免疫疾患の起こるもとです。

で、われわれの甲状腺の組織がウイルスなどの異物の鍵穴とそっくりにたまたま構成されていた場合。

免疫物質が甲状腺を攻撃します。

そのため甲状腺の機能が障害され、甲状腺機能低下症になります。

この病気を発見されたのは九州帝国大学の内科医の橋本策(はしもとはかる、1881年5月5日 – 1934年1月9日)先生です。

先生のお名前から橋本病といわれるようになりました。

で、この鍵穴に似た組織が脳にあったら。

意識障害、認知症、歩行障害などか起こります。

これを後の医学者たちは橋本脳症と名付けました。

本題にもどります。

私の経験から、この三人は一過性の免疫反応だろうと考えました。

神経学的にふるえ以外に異常はなく、数日以上経ち、やや改善されております。

甲状腺機能を含めた異常はなく、

頭のMRI撮影でも、免疫性に異常のある病変はありませんでした。

患者さんには、自然によくなる可能性が高いと説明しました。

翌週、すべての患者さんのふるえはなくなりました。

この三人のうち二人は、インフルエンザに罹患されておりました。

後の一人はインフルエンザ検査は陰性で、原因不明の発熱だったようです。

私のなかでは、普通に起こった現象と思いましたが、文献検索してもなかなか同じような症例報告は見つかりませんでした。

もしかしたら、インフルエンザ一週間後におこる振え症状って報告されていないのでしょうか?

あたりまえと思うこと、意外に報告されてないのかもしれません。

勝沼精蔵教授の御言葉、「三回起こることは、真実である可能性が高い」を思い出しました。

インフルエンザ後にはふるえ症状は起こるんだ。。。

ただし、インフルエンザ後にふるえが来た場合は必ず受診をお願いします。

インフルエンザ後のふるえは脳症であったりほかの病気であることもあります。

安易に自然になおるとシロート判断するのは危険です。