いのうえ内科脳神経クリニックの井上です。
啓蟄の候、少しずつ暖かくなり、春の気配を感じる季節となってきました。
今回は、脳神経科学とは少し離れた内容のように聞こえるかもしれませんが、認知症の患者さんと宗教との関わりについてブログを書いてみたいと思います。
認知症の診療をしていると、患者さんが祈りを続けていたり、神様や仏様の話をされたりする場面に出会うことがあります。また一方で、社会のルールを守ることが難しくなり、ご家族や周囲の方が戸惑われることも少なくありません。
医療者として、信仰を尊重しながらどのように対応すべきなのか。
また、患者さんが安心して生活できる環境をどのように整えるべきなのか。
今回はそのような視点から、
「認知症の方が宗教を信じているとき ― 社会のルールを守れないとき医療者はどう対応するか ―」
というテーマで少し考えてみたいと思います。
ご家族の方や介護に関わる方にも、何か参考になれば幸いです。
もくじ
認知症と宗教はしばしば関係します
認知症の患者さんを診ていると、
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神様の話をよくする
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毎日祈りを続ける
-
宗教団体に行こうとする
-
神様の声が聞こえると言う
このようなことがあります。
家族の方はよくこう相談されます。
「止めた方がいいのでしょうか?」
「妄想ではないでしょうか?」
しかし実際には、
宗教と認知症はとても微妙な関係にあります。
まず理解すべきことがあります。
それは
信仰そのものは病気ではない
ということです。
認知症で変わる脳の働き
認知症では特に次の機能が低下します。
前頭葉機能
前頭葉は
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社会ルール
-
判断
-
衝動抑制
を担当しています。
このため認知症では
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思ったことをそのまま言う
-
ルールを守れない
-
社会的配慮ができない
ということが起こります。
宗教心が強くなる理由
認知症になると宗教心が強くなる人がいます。
理由の一つは
長期記憶は最後まで残る
という特徴です。
人間の記憶は大きく二つあります。
① 新しい記憶(短期記憶)
最初に失われる
② 古い記憶(長期記憶)
最後まで残る
宗教は多くの場合
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子どもの頃
-
若い頃
に形成されます。
そのため
認知症でも信仰は残りやすい
のです。
医療者としての基本姿勢
最も重要な原則は
信仰を否定しない
ということです。
例えば
患者さんが
「神様が守ってくれている」
と言ったとき
医療者が
「そんなことはありません」
と言ってしまうと
患者さんは
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不安
-
混乱
-
不信
を感じます。
認知症医療では
事実より感情を大切にする
ことが重要です。
バリデーションという考え方
認知症ケアには
バリデーション療法
という考え方があります。
これは
患者さんの感じている世界を
否定せず受け止める
という方法です。
例えば
患者
「神様が守ってくれる」
対応
「そうですね。安心できますね」
このような対応の方が
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不安が減る
-
行動が落ち着く
ことが多いです。
しかし問題が起こることもあります
宗教自体は問題ではありません。
しかし次のような行動が起こることがあります。
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大きな寄付をしようとする
-
外出して宗教施設に行こうとする
-
他人に宗教を強く勧める
-
神の声が聞こえると言う
この場合
信仰と症状を区別する必要があります。
危険行動は制限する
基本は
信仰は尊重
危険行動は制限
です。
例えば
高額寄付
→金銭管理を家族が行う
徘徊
→外出を付き添う
強い妄想
→医療的対応
宗教はむしろ良いこともあります
実は研究では
宗教は認知症患者の精神状態を安定させる
ことが報告されています。
宗教的習慣は
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不安を減らす
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孤独感を減らす
-
行動を落ち着かせる
効果があります。
例えば
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祈り
-
聖書
-
賛美歌
などです。
認知症でも残るもの
認知症で多くの記憶が失われても
最後まで残るものがあります。
それは
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感情
-
音楽
-
信仰
です。
多くの施設で
賛美歌や童謡を歌うと
患者さんが穏やかになるのは
このためです。
医療者としての視点
医療者は
-
宗教を否定せず
-
危険行動を防ぎ
-
心の安定を大切にする
という姿勢が大切です。
認知症医療は
人の人生を理解する医療
でもあります。
信仰は
その人の人生の一部です。
そのため
医療者は
人格を尊重しながらケアする
ことが求められます。
最後に
認知症の方の言葉は
時に現実と違うことがあります。
しかし
その言葉の奥には
人生の記憶や思い
が残っています。
それを大切にすることが
認知症医療の大切な姿勢だと
私は考えています。



